管理人の独り言−葬送2−


 2005年7月21日実父が急逝いたしました。

 春頃から呼吸が苦しいのを訴えておりましたが、毎月地元U市のU総合病院に通っておりましたので、それほど心配しておりませんでした。7月初旬になって、市が行う肺ガン検診でひっかかったとの連絡があり、半信半疑でしたが、叔母の勧めもあり、M市の赤十字病院を紹介してもらい、13日に入院しました。

 そこでの診察で、父が不特定間質性肺炎(難病の一つ)で肺ガンを併発しているらしいこと、血液の状況と骨髄液の採取状況から、急性骨髄性白血病の疑いがあることを聞かされました。
 父は、あちこち悪いところがあり、毎月定期的にU総合病院に通院していたのですが、平成15年にこの間質性肺炎の診断が出ていたのにも拘わらず、1年半もレントゲン写真を撮っていませんでした。この間に肺ガンを発症したらしく、全くもって何のために通院していたんだかと、兄と嘆くばかりでした。咳が少し出ていたもので、ぜんそくと診断されその薬を飲んでいたようです。少しばかりウェブで調べますと、間質性肺炎は肺ガンを併発しやすいと出ています。その診断が出ていながら、1年半も胸部の間撮を行わなかった治療には首を傾げるばかりです。

 診断では、白血病を放っておくと最短2ヶ月の命と言われましたが、抗ガン剤を投与するため、まず間質性肺炎を治療しないといけないということで、抗生物質等を投与するという説明でした。
 入院した当初は、家であまり食べられなかった食事も食べられるようになり、これならもう暫くもつねと親族で話していたところ、入院して6日目にして血液の数値が更に悪化して輸血、さらに7日目には呼吸困難から容態が急変し、8日目には不帰の客となってしまいました。
 だいたい最短2ヶ月という説明を親族にしていたため、兄を含め父の弟妹数名が生前に最後の別れができなかったのが残念ではあります。

 私は実家から出た身ですので、必然的に兄が喪主になるですが、兄は神奈川県在住で急な帰郷には無理があります。幸か不幸か近年実母と養母を葬送していますから手順は慣れたもので、早速葬儀社に連絡し、お寺と葬儀日程を詰め、兄の帰郷までには準備を整えた次第です。兄が全権委任してくれましたので、スムーズにセットできました。

 父は安来節の絃(三味線)の師範で、地元には仲間やお弟子さんも多く、葬送にあたり安来節の献奏をいただきました。何よりの供養かなと思っています。

 この後は四十九日、一周忌、初盆、三回忌、七回忌と続きますが、実母と養母、それに親戚の法事が毎年のようにあることになります。来年7月には親戚関係の法事と合わせ3つ重なるのですが、兄さん頑張れ・・・・。

(2005/7/28)